診療所ではこうした後方支援病院をいくつか持っており、患者の疾患や症状によって最も適した後方支援病院に送ることになります。
その選択こそが、患者のその後の治療成果を大きく左右することにもなりかねないので、その意味でも最初の診療所選びが重要になってくるのです。
たとえば、骨折なら間違いなく整形外科に行くでしょうし、水虫であれば皮膚科、コンタクトレンズの処方であれば眼科を受診するのは当然で、こうした疾患で診療科選びに迷うことはないでしょう。
しかし、たとえば「なんとなく頭が痛い」とき、あなたは何科に行きますか?「頭のことだから脳神経外科」と言う人もいるかもしれません。
もちろん、それでも診察はしてくれますが、本当に理想的な受診を考えるのであれば「内科」が正解となります。
一般に内科には、カゼをひいたとき、おなかが痛いときといった、手術を必要としない内臓疾患の治療をする科、というイメージがあります。
確かにそれは正しいのですが、本来の内科はそれだけではなく、現状の症状から、考えられる疾患を探り出し、しかるべき診療科に送り込む役割も担っています。
頭痛は、必ずしも脳に起因するものとは限りません。
それを患者が「これは脳神経外科だ」と決めてかかると、もしも別の臓器に原因がある頭痛だった場合、それを見逃す危険性が生まれてきます。
医療は一種の確率、あるいは統計によって進められる側面があります。
頭痛という症状は脳、あるいは頭部に何らかの原因があるケースが多いのは確かです。
そうした予測に基づいて脳を調べ、それを主たる原因として治療方針が立てられたとします。
ところが、その人の頭痛の実際の原因が脳や頭部以外にもあったとしたらどうでしょう。
脳神経疾患のことなら詳しい脳神経外科医にしてみれば、自分が予測した原因に対する治療は行っており、たとえばそれが画像上、あるいは数値上改善していれば、治療は奏功していると判断するでしょう。
それでも患者が症状を訴えると、「数値の上ではよくなっているので、もうしばらく薬を続けましょう」とか「しばらく様子を見ましょう」、あるいは「気のせいですよ」と言われてしまうことになりかねません。
本来の原因はいつまでも取り除かれることがなくなってしまう危険性さえあるし、さらなる悪化を招きかねません。
そうしたことを防ぐためにも、まずは内科で総合的に診断をしてもらうことが大切です。
それでは、内科ならどこでもいいのかと言えば、決してそんなことはありません。
医療機関、特に初期診療において診療所を受診するときに、その開業医の専門がどの領域なのかを知っておくことはとても重要です。
特に内科の場合、一口に「内科」と言っても、その中には呼吸器内科、循環器内科、消化器内科、内分泌内科、神経内科、心療内科…と細かく分かれています。
この区別を知らないと、ときに大失敗することもあるのです。
ケーススタディぜんそくの最新治療を知らなかった主治医Sさん(六○)は会社役員。
若い頃に工業コンビナート地帯に勤務していたことからぜんそくを患い、長年にわたって明け方の咳に苦しめられてきました。
しかしSさんは、自分がぜんそくであることを知っているため、逆の意味での安心感も持っていました。
つまり、どんなに苦しい咳が出たところで、これはぜんそくによるもので、肺がんではないという安心感です。
この二○年近くは、自宅近くの開業医に行っては薬をもらい、ひどい咳が出るときだけそれを飲むようにしていました。
そんなSさんを数年前のある夜、また激しいぜんそく発作が襲いました。
Sさんはいつもの発作だと考えて、かかりつけの医師から処方されていたいつもの薬をのみましたが、これが一向に効果を現さないのです。
脂汗を垂らしながら呼吸もままならないまま咳き込み続け、結局一睡もできずに朝を迎えました。
それでも会社に出かける頃になると発作も次第に収まってきたので、Sさんはそのまま会社に出かけ、いつも通りに仕事をこなしました。
そして夜、自宅に帰ってくつろごうとしたところ、またもやあの恐ろしい発作が始まったのです。
昨夜にも増してひどい発作で、やはり薬は効きません。
そのときばかりはさすがのSさんも、死を予感せざるを得なかったと言います。
結局二夜連続での徹夜を余儀なくされたSさんは翌朝、知人に別の病院の呼吸器内科の医師を紹介してもらい、会社を休んで受診しました。
若い頃からのぜんそく経験と、二日前からのひどい発作の状況、そして薬がまったく効かなかったことなどを話してその薬を見せたところ、その呼吸器内科医は目を丸くして驚きました。
「いまだにこんな薬を出している医者がいるなんて!」その呼吸器内科医によれば、Sさんが持っていた薬は、一○年以上前はスタンダードな薬だったが、今ではもっと効果も安全性も高い薬があり、現在ではその薬をメインに使うことは常識では考えにくいとのこと。
そしてその呼吸器内科医は自信を持ってSさんに言いました。
「大丈夫です。
三か月以内に必ずよくなります!」結果としてSさんの発作は、三か月どころか一か月も経ずに治まっていきました。
呼吸器内科医が処方した薬が見事に効果を発揮したのです。
この場合、Sさんの失敗は「かかりつけ医選び」を間違えた点にあります。
Sさんが通っていた開業医は、自宅から近いことと、同居する義母や子どもたちも何かあればかかっている診療所だったのに加えて、Sさん自身が「自分はぜんそく」と知っている安心感もあって、あまり慎重に考えることなく選んだのでした。
しかしあとで調べてみると、この開業医の専門は、同じ内科でも消化器内科。
本来呼吸器内科が診るべきぜんそくは専門外だったのです。
もちろん、看板に″内科″とだけ表示してある以上は、消化器だろうが呼吸器だろうが最低限の診断・治療はできなければならないはずですが、実際にはその開業医は、少なくともぜんそくの治療薬の知識に関しては、一○年以上前の時点で止まっていたのです。
大学にいるときは黙っていても最新の医療情報が入ってきますが(情報は入ってきても、それを知識として頭に収めるか否かはそれぞれの医師によって異なりますが)、ひとたび開業してしまうと、自分から積極的に学会などに出席でもしない限り、最新情報に接する機会が少なくなるし、自分の専門外のこととなればなおのことです。
こうしたことの背景には、いくつかの問題点があります。
一つは開業医による″抱え込み″です。
開業医の多くは医師が一人で切り盛りするいわば個人商店。
当然診られる患者の数には限りがあるし、逆に言えば一人でも患者が減れば診療所としての収入も減少します。
本当であれば自分の専門外の疾患の患者が来て、その診断・診療に自信がない場合は、相応の医師や医療機関を紹介するべきですが、経営的なダメージを考えるあまり、患者を外に出すことを嫌い、昔の記憶を手繰り寄せ、あるいはその場で教科書やインターネットを駆使しながら診断を下すこともあります。
確かに、同じ医学部を卒業し、国家試験を突破して医師免許を持っている以上は、最低限の知識はあるでしょう。
私たち素人が考えるよりは高度で専門性のある部分での差でしかないのかもしれません。
しかし、その僅かな差で生命が左右されるのでは困ります。
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